概要
近年,SDGs(Sustainable Development Goals)が提唱されていることから,世界各国で様々な取り組みがなされており,国内でも SDGs が掲げる目標の達成を掲げる取り組みが急増している.例えば,SDGs が掲げる目標の「11.住み続けられるまちづくりを」の項目にある達成目標の1つに「世界の文化遺産や自然遺産を保護し,保っていくための努力を強化する」[1]とあり,火事や老朽化から文化遺産を保護する必要がある.しかし,設計図が残っていない場合や,放火によって設計図が焼失している場合がある.例えば,図1に示すように,首里城の正殿内部で発生した火事が挙げられる.首里城の場合は,設計図が残っていなかったため,「首里城の火事による復興プロジェクト[2]」が立ち上がり,約8万枚以上の写真データから自動的に正殿などの焼失した建物の 3 次的に復元することに成功した.このように,デジタル上で過去や現在の文化遺産の形や資料を保管し,残していくことをデジタルアーカイブと呼ばれている.しかし,全国各地に文化遺産が多数点在しており,それらすべてを保存すると,ストレージ容量が膨大となるため,少ないデータ量で 3 次元的に特徴を再現できる手法が必要とされている.

既存研究
既存研究では,ブロック工の点群データの中からエッジの点を抽出する手法[3]や,3次元の点群データから主要な特徴を抽出する手法[4]や点群データから物体の隅や端にある点だけを抽出する手法[5]が提案されている.しかし,既存研究では単純な形状を対象に抽出しているため,文化遺産のような複雑な形状を対象に抽出するのは難しい.そこで,既存研究の課題への対応方針として,計測した点群データを一定の大きさのボクセルで分割し,深層学習を用いて設計値を抽出可能な点群データを生成する手法を提案する.
提案手法
提案手法の処理フローを図 2に示す.提案手法は,ボクセル分割機能,エッジ点群データ抽出機能とエッジ点群データ結合機能により構成される.入力データは,地上設置型のレーザスキャナなどで計測した点群データとする.ただし,一つの地点から計測した点群データのみでは,対象全体を広範に計測した点群データにはならない.そのため,複数の地点から計測し,そのデータを結合する必要がある.この結合したデータを入力データとする.出力データは,設計値を判読可能なエッジ部分のみで構成された点群データとする.

a) ボクセル分割機能
本機能では,地上設置型レーザスキャナで取得した点群データをボクセルに分割し,ダウンサンプリングする.まず,図 3に示すように地上設置型のレーザスキャナで計測した点群データを立体的に一定の大きさで分割する.次に,深層学習によりエッジを推定するために,入力層の点数のサイズに合わせてダウンサンプリングをする.本機能により,点群データを一定の大きさで分割することで,文化遺産のような複雑な形状でも,単純な形状の点群データに変換できる.

b) エッジ点群データ抽出機能
本機能では,点群データから特徴を抽出するために,ボクセルで分割されたデータに深層学習を適用し,エッジの点群データを抽出する.まず,図 4のように一定の大きさで分割したボクセルごとの点群データから,深層学習[3]を用いて,点群データからコーナ部分とエッジ部分を抽出する手法[7]を適用し,エッジ部分の点群データだけを抽出する.次に,石畳や壁などの面上にある点群データをそのままボクセル分割すると,ボクセルごとの切り口に誤抽出が発生するため,分割面に発生した不要な点群データを除去する.本機能により,不要な点群データを除去し,入力データから,より多くのデータ量を減らすことが可能となる.

c) エッジ点群データ結合機能
エッジ点群データ結合機能では,一定の大きさで分割したボクセルごとのエッジ部分だけ抽出した点群データを図 5 のように結合する.

実証実験
実験内容
本研究では, 寝屋川市の住吉神社(図 6),八坂神社(図 7)と大利神社(図 8)の3 か所の文化遺産を計測し,評価対象とした.評価方法は,地上設置型レーザスキャナで計測した点群データと提案手法を用いた点群データの設計値と,データの削減量を評価する.設計値の計測の際には,実際の測量と同様の方法で,指定した 2 点の距離を 1 か所ごとに 10 回計測し,それらの平均値を寸法値とする.本実験で用いた文化遺産の点群データを取得するために,複数の地点で計測したことにより,それぞれの座標系の原点が異なるため,点群データの可視化・編集ソフトであるCloud Compare[6]を用いて,手動で位置合わせをした.



結果と考察
これらの点群データを対象に,本実験で評価する箇所を図 9~図 12 に示す.住吉神社では,図 9 に示すような屋根の瓦と狛犬の台座を対象に寸法値を評価する.八坂神社では,図 10,図 11 に示すような玉垣や壁の幅を対象に寸法値を評価する.大利神社では,図 12 に示すような屋根や玉垣を対象に寸法値を評価する.




入力データとエッジを推定した点群データの可視化結果を図 13,図14,図15に示す.可視化結果により,ボクセル分割することで既存研究の課題でもあった,狛犬のような複雑な形状(図16)でもエッジを推定できたことがわかる.次に,点群データの評価結果を表 1,表 2 に示し,それらの誤差を表 3 に示す.最小の誤差は,0.001m であり,平均の誤差は,0.021m 以下の範囲で保存することができた.




また,八坂神社の入力データの総点数は 13,848,030 点,提案手法により抽出した点群データの総点数は951,773 点となり,約 6.87%まで削減された.他の神社においても,住吉神社は約 5.98%,大利神社は約 5.56%まで削減できた.それらの結果から,少ないデータ容量で 3 次元的な特徴と設計値を保持できることを確認できた.以上のことから,提案手法の有用性を確認できたと言える.しかし,一部の設計値で 0.114m の大きな誤差が見られた.これは,深層学習によりエッジを推定するために,入力層の点数のサイズに合わせてダウンサンプリングをしたため,文化遺産の設計値の保持に必要な柱や屋根などの点群データが除去され,エッジを推定していた箇所で誤差が生じたことが原因である.今後は,エッジの推定に必要なボクセルのサイズとボクセルあたりの点密度の再調整やダウンサンプリングの点数の調整が必要だと考えられる.
おわりに
本研究では,文化遺産の設計値を保持しつつ保存するデータ量を削減する手法を提案した.検証実験により,提案手法を用いて少ないデータ量で 3 次元的な特徴と設計値を保持できることを確認した.ただし,一部の計測値で大きな誤差が見られた.これは,深層学習によりエッジを推定するために,入力層の点数のサイズに合わせてダウンサンプリングをしたため,文化遺産の設計値の保持に必要な柱や屋根などの点群データが除去され,エッジを推定していた箇所で誤差が生じたことが原因である.また,提案手法による出力データの総点数は,最低でも 6.87%まで点群数を削減できたが,文化遺産の設計値の保持に必要な柱や屋根などで点群データが除去されていた.そのため,今後は,エッジ部分を抽出する処理の改良により,設計値の抽出精度の高精度化を目指す.
参考文献
[1].日本ユニセフ協会(ユニセフ日本委員会):SDGs17 の目標,
https://www.unicef.or.jp/kodomo/sdgs/17goals/,2023.11.30.
[2].沖縄:記憶をつなぐー思い出の写真から復元した首里城,https://artsandculture.google.com/story/LwUhIZnN4gaTJA?hl=ja,2023.11.16.
[3].中原匡哉,中村健二,田中成典,寺口敏生,関谷浩孝:点群データを用いたブロック工の設計要素抽出に関する研究,情報処理学会論文誌,Vol.60,No.3,pp.903-915(2019).
[4].赤塚紘輝,原潤一,渡辺裕:主成分分析を用いた点群特徴抽出に関する一検討,情報処理学会研究報,Vol.2019-AVM-104,No.3,pp.1-2(2019).
[5].X. Tan, D. Zhang, L. Tian,Y. Wu,Y. : Coarse-to-Fine Pipeline for 3D Wireframe Reconstruction from Point Cloud, Computers and Graphics, Vol.106, pp.288-298(2022).
[6].FARO:レーザースキャナーについて,https://www.faro.com/ja-JP/Resource-Library/Article/understanding-laser-scanners,2023.11.30.
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